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【長編】夢を捨てた俺に忘れない夏が来た の続きです
前編は→http://vipper-teiki.blog.jp/archives/6512101.html



382:名無しのVIPPER定期 :2015/11/08(日) 21:04:14.43 ID:m0gBmCcx
こんばんは 
今日も続きを書いていきまーす


383:名無しのVIPPER定期 :2015/11/08(日) 21:08:40.05 ID:m0gBmCcx
話が終わると、奈央が勢い良く「集合!」と叫んで、部員たちが集まってきた。 
そして、先生が産休に入ること、 
俺が臨時のコーチ役をすることが伝えられた。 

先生の産休は大会の前のこのタイミングになってしまったとは言え、 
部員たちにも大方予想がついていた事のようで、 
みんな「先生お大事に!」とか「頑張ってね!」とか言っていた。 

かくいう俺の方は未知数のようで、取り立ててリアクションもなかった。 
一斉にお辞儀をして「よろしくお願いします!」と言われて、 
それが照れくさくて仕方がなかった。


 
384:名無しのVIPPER定期 :2015/11/08(日) 21:11:11.48 ID:m0gBmCcx
集合が解かれると、簡単なウォームアップがあって、各々が対人を始めた。 
先生に「見てあげて」と笑顔で言われて、俺は「はい」と答えて、 
対人をしている様子を見て回った。 

対人を見ていれば、フォームの癖とか、 
トスアップの精度とか、基本的な事がわかる。 
全体的に悪くはないし、女子なので基本はしっかりできていたが、 
やはりそこまで上手い、というわけでもないなと感じた。 

奈央は自分の事を「上手くない」と言い切っていたが、 
この中ではキャプテンを務めることもあって、やっぱり頭一つ上手いように見えた。 
「はい!」と掛け声をあげて、ひときわ頑張っているようにも見えた。 
バシン、というボールを弾く音と、キュキュキュ、 
とシューズの擦れる音が響いて、心地よかった。


 
385:名無しのVIPPER定期 :2015/11/08(日) 21:12:34.67 ID:m0gBmCcx
奈央が「3メンするよ!」と叫ぶと、 
「はい!」と掛け声が上がって、コートの中に3人が入った。 
俺はコートの中央に誘導され、ボールを出すように言われた。 

見知らぬ女子が3人、俺の方を見て真剣に構えていた。 
割と力を込めてボールを打ったが、綺麗にレシーブが上がってトスが返ってくる。 
「やるな」と思って、今度は後ろのコースへ打つ。 
綺麗に上がって、またトスが返ってくる。


 
386:名無しのVIPPER定期2015/11/08(日) 21:29:52.01 ID:m0gBmCcx
俺はテンションが上がって「いいねぇ!」と叫んだ。 
3人は「来い!」と声を張り上げた。 

少し意地悪をして、今度はレフト方向からインナーへきつい球を打った。 
反応はしたものの、手元がおざなりになって、ボールはコート外へと飛んでいった。 
俺は「なるほど」と思って、瞬時にアドバイスをした。 

俺「基本はできてるから、自分のとこに飛んできたボールは綺麗に上がるけど」 
俺「きついコースや、予想外の所に飛んで来ると、上手くいかないね」 
俺「いつでもひじを曲げないで、綺麗に面を作って受けることを意識してみて」 
俺がそういうと、ミスをした子は顔をあげて「はい!」と構えた。


 
388:名無しのVIPPER定期2015/11/08(日) 21:34:37.06 ID:m0gBmCcx
「いいやる気だな!」と思って俺も再びフェイントのような球を同じコースに出した。 
素早く動いて、綺麗にボールが上がった。 
手前にいた子が「オッケイ!」と言ってトスを上げる。 

そのまま、後方にいた子に向かってレフトからのウイングスパイクを想定した球を打つ。 
バシン、と無回転で綺麗に上がって、再び流れるように俺の方にトスが返ってくる。 
コーチ役だというのに、俺は楽しくなって無我夢中になった。 

「ああ、これはバレーだ」 
「仲間に囲まれて、声を上げて、無心にボールを追いかける、これだ…」 
とそんな気持ちが込み上げていた。


 
390:名無しのVIPPER定期2015/11/08(日) 21:48:47.65 ID:m0gBmCcx
休憩時間になると、すっかり俺も汗だくになっていて、 
腰に巻いたコルセットが蒸れるのが気になった。 
腰に少々違和感はあったものの、結構動いた割にこんなものか、とも思えた。 

簡単な休憩が明けると、奈央が勢いよく「サーブカットいくよー!」と声を上げた。 
「はーーい!」と掛け声が溢れて、皆コートの中へ並ぶ。 
俺はその様子をコート外から眺めていた。 

「いきまーす!」「こい!」「ナイスカットー!」と声が止むことはなく、 
女子とは言え賑やかでやる気のある部だなぁと思った。 
全体的な力は強豪に比べればそこまでではないと思ったが、 
チームとしての雰囲気はとても良かった。 
この中でキャプテンをやっているのだから、やはり奈央は頑張っているのだな、と思った。


 
391:名無しのVIPPER定期2015/11/08(日) 21:54:48.16 ID:m0gBmCcx
サーブカットの後はスパイク練習だった。 
椅子で座っていた先生に「スパイクはよく見てあげて欲しい」と言われたので、 
俺はネット近くの邪魔にならない位置に立って、フォームなどをよく観察していた。 

数人は、しっかりとミートして打てていたが、他の子は高さも足りず、 
ボールを最高打点で上手く捉えられていないようだった。 

俺は「ちょっといいかな」と言ってすぐに皆を集めた。 
奈央が「集合!」と声をかけて練習が中断された。


 
392:名無しのVIPPER定期2015/11/08(日) 21:59:27.27 ID:m0gBmCcx
俺「みんな、スパイク打つ時に一番大事なのは何か分かる?」 
俺がそう質問すると、答えづらいのか誰からも返事が返ってこなかった。 

奈央が小声で、「高さ…?」と答えた。 
俺「うん、高さも大事。でもいくら高くても、タイミングが合わなきゃ良いスパイクは打てないよね」 
俺がそう言うと、みんなうんうんと頷いて納得しているようだった。 

俺「奈央、一回打ってみて」 
奈央がなかなか良いスパイクを打っていたので、俺は手本を促した。 
俺が下投げでボールをトスアップすると、 
奈央は高く跳んでネットの向こう側にバチン、と良いスパイクを打った。 

俺が笑いながら「ナイスキー」と言うと、他の子たちも少し笑った。 
打ち終わった奈央は、心底恥ずかしそうにして自分の服を引っ張っていた。


 
393:名無しのVIPPER定期2015/11/08(日) 22:02:09.09 ID:m0gBmCcx
俺「奈央のスパイクの良いところは、滞空時間だよ」 
俺「滞空時間が長ければ、ボールを一番高い場所で叩きやすくなる」 
俺「それに、相手のブロックがよく見えるし、もっと言えば相手のコートの状況まで見えてくる」 
俺がそう話すと、みんな目を輝かせてこちらを見た。 

俺「スパイクで一番大事なのは滞空時間なんだ。それを意識すれば、かなり変わるよ」 
俺がここまで話して、一人の女の子が申し訳なさそうに「あの…」と声を上げた。 
「どうしたら、滞空時間を上げることができますか?」 

俺は待ってましたとばかりに、この質問にすぐに答えた。 
俺「ワイヤーだよ。ワイヤー」 
俺がそう言うと、みんなぽかんとして首を傾げた。


 
396:名無しのVIPPER定期 :2015/11/08(日) 22:49:22.40 ID:m0gBmCcx
俺「自分の頭のてっぺんに、ワイヤーが付いてるって想像してみて」 
俺「そんで、ジャンプした瞬間に、真上に思いっきり引っ張られてるってイメージするんだよ!」 

俺が自分の頭の上で引っ張られているようなジェスチャーをすると、 
みんなもマネして頭の上に手をやって、ワイヤーのイメージをし始めた。 
俺が笑って、「そうそうwイメージが大事なんだ」とスパイク練習を再開した。


 
397:名無しのVIPPER定期2015/11/08(日) 23:58:59.31 ID:m0gBmCcx
勢い良く、「じゃ、いくよーー!」と叫ぶと、 
それに呼応して「はーい!」という掛け声があった。 

アドバイスをしたが、やはり上手く打てているのは先程と同じ子たちで、 
上手くいかない子は、なかなか上手くいかない。 
でも、何人かは打ったあとに感覚を掴んだようで、「何か違うかも」と言って、 
笑顔で何度もスパイクのフォームを素振りで繰り返していた。 

俺はそれを見て、「いいよ!」と笑顔で声援を送った。


 
398:名無しのVIPPER定期2015/11/09(月) 02:28:11.59 ID:7poPCwLx
すみません今日はここまでにします。 

全体の7割くらいまで来ました。 
また明日書きに来ますー


 
399:名無しのVIPPER定期2015/11/09(月) 02:29:24.20 ID:7IzpeDd7
おつ! 
毎日更新してくれるってだけでスゲー嬉しい


 
400:名無しのVIPPER定期2015/11/09(月) 02:33:54.81 ID:ABQrGamQ
今日もお疲れ様♪ 
あと3割程か 
楽しみだ


 
401:名無しのVIPPER定期2015/11/09(月) 02:36:36.00 ID:J398Zptu
久しぶりに良スレに出会えた気がする


 
402:名無しのVIPPER定期2015/11/09(月) 02:42:32.70 ID:EckZokNc
おつかれさま♪


 
403:名無しのVIPPER定期2015/11/09(月) 08:20:19.08 ID:nIfcvlmU
こういう話はいいとこで作者が消えてくパターンが多い 
最後までよろしく頼む


 
411:名無しのVIPPER定期2015/11/10(火) 00:40:12.08 ID:VI45BVFQ
こんばんは 
今日も続きを書いていきますー



414:名無しのVIPPER定期2015/11/10(火) 00:56:51.87 ID:VI45BVFQ
俺がアドバイスをしたからと言って、 
それはあくまで理論的・コツにすぎないものであって、 
すぐに何か変わるというワケでもない。 

ただ、上手くなれたり、何かに気づく「きっかけ」にはなってほしいと思った。 
自分が選手だった時にも、「気づくのはいつだって自分。自分で気づいてから上手くなる」 
とよく言われたものだった。 
だから、この子たちが自分で気づいて上手くなるきっかけになれれば良いと思った。 

もちろん、女子の指導などは今までに一度もしたことがなく、 
自分の教えていることが本当に正しいかの不安もあった。 
でも、この時の俺は、ただ今自分ができること、伝えられることを、 
精一杯にやってあげようとだけ思っていたのだ。


 
415:名無しのVIPPER定期2015/11/10(火) 00:58:27.79 ID:VI45BVFQ
その日の奈央は調子が良かった。 
何度も何度もスパイクを軽快に打っては、 
「ワイヤーって聞いてから、ジャンプがしやすくなった気がする!」 
と、笑顔で駆け回っていた。 
このスパイクの練習から、チームみんなの笑顔が増えたような気がした。 

そのあと、レギュラーメンバーがコートに入って試合形式の練習が行われた。 
真面目にやっていながらも、終始笑顔が溢れていて、厳しすぎることもない。 
その様子を、顧問の先生は椅子に座って笑顔で眺めていた。 

「いい部活だな」 
奈央がこの部活に最後までいたい、という気持ちもよく分かる気がした。


 
416:名無しのVIPPER定期 :2015/11/10(火) 01:05:52.18 ID:VI45BVFQ
俺が高校の時のチームも、こんな感じだった。 
いや、もっと厳しかったが、雰囲気は似ていた。 

あの時は、楽しかった。 
みんなで夢に向かって、夢中で頑張っていたあの日、 
俺も今の奈央たちと同じような景色を眺めていたんだ。 

夢というのは、そこにあって、追いかけるものだ。 
それが叶う叶わないではなく、追いかけることに意味があったのかもしれない。 
一つの夢が終わってしまったら、また新たな夢を見つける。 
もしかしたら人生は、そうやっていくつもの夢を追いかけていくものかもしれない。
417:名無しのVIPPER定期2015/11/10(火) 01:14:59.73 ID:VI45BVFQ
俺はボールを叩きながら、体育館の格子窓から外を見てみた。 
正午過ぎの真っ白な光が、校舎と校庭を包んでいた。 
校庭では、サッカー部とハンドボール部が掛け声を上げていた。 
その手前の校舎に続く道を、数人の生徒が歩いている。 

俺は、やっぱりバレーがしたいんだ。 
どんな形であれ、バレーのそばにいたいんだ。 
今日、奈央の部活に来たことで、俺は自分のそんな気持ちに気づき始めていた。


 
418:名無しのVIPPER定期 :2015/11/10(火) 01:23:39.10 ID:VI45BVFQ
帰り際、歩くのも大変そうにしている先生に、 
「明日から、よろしくお願いします」と頭を下げられ困ってしまったが、 
「はい、しっかり頑張ります」と力強く答えた。 

体育館から出ようとすると、奈央に呼び止められた。 

奈央「ちょっと、帰り道分かんの?」 
俺「あ…ちょっと自信ないな…」 
そういうと奈央はあからさまにしかめっ面になって、 
「やっぱりー?もう、めんどくさ…」と言った。



419:名無しのVIPPER定期  :2015/11/10(火) 01:27:14.72 ID:VI45BVFQ
奈央「このまま友達と図書館行こうと思ってたのに」 
俺「まあ、どうにかなるよ。大丈夫」 
奈央「いや、絶対迷うって。駅まで戻れないよ多分」 
そう言うと奈央は部活の子たちの所へ行き、「一回帰ってすぐ連絡する」と話していた。 

駐輪場で奈央に、「絶対今日で道覚えてよね」と釘をさされた。 
奈央と二人で自転車に乗って校門を出た。 

瞬間、また空気が変わった気がした。 
なんというか、時間の流れが元に戻った、そんな気がした。 
振り返ると正面には校舎、横には先程まで俺がいた体育館があった。


 
420:名無しのVIPPER定期  :2015/11/10(火) 01:33:25.82 ID:VI45BVFQ
奈央「今日は調子が良かった」 
少し先を行く奈央は、ごきげんな様子だった。 
夏の太陽を思い切り浴びる中走っているというのに、元気そうだった。 

俺「やっぱり、エースじゃん。上手いと思ったよ」 
俺がそう言うと、振り返って「本当?」と笑みを浮かべた。 

奈央「あの、ワイヤーだっけ!あれは面白かった」 
俺「あー、あれね。あれは俺が中学の時の先生に言われたんだ」 
俺「あれを聞いてから、スパイク打つのが楽しくなってさ」 
俺「それをみんなにも味わって欲しかったから」 
俺がそう話すと、奈央はにやにやと笑った。


 
421:名無しのVIPPER定期  :2015/11/10(火) 01:59:41.65 ID:VI45BVFQ
奈央「今日は楽しかったなぁ」 
俺「良かった。やっぱり、部活は楽しいのが一番だと思うよ」 
奈央は、笑顔で黙って頷いた。 

奈央「来てくれて、ありがとう」 
俺「え?」 
俺がそう聞き返すと、奈央はもう答えることもなく、 
「ここからは坂道だから辛いよ!」と言って先に走っていってしまった。 
木陰に入ると、遠くからツクツクボウシの声がした。



434:名無しのVIPPER定期  :2015/11/10(火) 22:36:36.68 ID:bbahwOnm
その日も練習は好調で、 
俺のアドバイス一つ一つをひたむきに受け止めてくれるのが、とても嬉しかった。 

一人の2年生の子に冗談まじりではあるが「1さんが来てくれてホント助かった!」と言われて、 
照れくさくて、でも感激した。 
千景、という女の子だった。 
ショートカットで淡褐色肌の、元気の良い子だった。 
奈央以外で、この子が一番俺に懐いてくれていた。


 
435:名無しのVIPPER定期  :2015/11/10(火) 22:40:53.77 ID:bbahwOnm
この部の中にも、段々と溶け込めてきたんだなって実感できた。 
このまま夏季大会まで、何もかもが上手くいって、 
奈央の部活は大団円を迎えるんだろうな、と思っていた矢先。 

大会まであと数日という日に、思わぬ出来事が起こった。


 
436:名無しのVIPPER定期 :2015/11/10(火) 22:43:42.76 ID:bbahwOnm
その日俺は、午前中から奈央の部活に行った。 
みんなも、俺も、すっかり慣れてきていて、 
その日もいつも通りに部活が始まって、問題なく練習が進んでいた。 

でも、朝から奈央の様子がちょっと変だな、と感じていた。 
もちろん一番最初に部活に来て(奈央はいつもそうだった) 
いつも通り精一杯声を上げて頑張っていた。 

でも、心なしかいつもより笑顔が少ない気がした。 
それを感じ取っていたのは俺だけではなかったらしく、 
何となく部活全体に、不安な雰囲気が漂っている気がした。


 
437:名無しのVIPPER定期  :2015/11/10(火) 22:46:37.96 ID:bbahwOnm
奈央に笑顔が少ないと、自然とチーム全体の笑顔も減っていく。 
今まで、この部の雰囲気を作っていたのは、 
奈央の笑顔だったのかもしれない、と俺は感じた。 

スパイク練習になると、それはより如実になった。 

いつも調子よく決まる奈央のスパイクが、この日は全然決まらなかった。 
何度やっても、ネットに引っ掛けてしまった。 
奈央自身それが納得できないようで、悔しそうな顔をしては下を向くだけだった。 

失敗しても明るい、いつもの奈央ではなかった。 
それに呼応してか、他の子たちの調子も良くない方に向いている気がした。


 
438:名無しのVIPPER定期 :2015/11/10(火) 22:51:21.89 ID:bbahwOnm
ここまでくると俺も心配になって、スパイク練習の列に並んでいる奈央に声をかけた。 
俺「調子悪そうだけど、大丈夫?」 

俺がそう言って励まそうとしても、奈央はただ「うん」と言うだけだった。 
何かがおかしい。それはもう明らかなことだった。 

休憩時間に他の部員に、「奈央は大丈夫?」と聞いてみても、 
「今までにあんまりこういうことはなかったです」と動揺していた。 
その間も奈央は、体育館のすみに座ってタオルを被り、俯いていた。


 
459:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:07:26.27 ID:Rs/OBWCe
俺がそれを気にかけていると、例の2年生の千景ちゃんに声をかけられた。 

千景「1さんは、花火見に行くんですか!」 
俺「え、花火って?」 
千景「今日、すぐそこで花火大会があるんですよ。知らないんですか?」 

そういえば、おばさんからちらっと聞いていた気がする。 
あの家の庭からも見れるんだ、ということを話していた。


 
460:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:08:49.81 ID:Rs/OBWCe
俺「花火大会って、今日なんだね」 
千景「そうですよ!2年はみんなで行くかもなんです」 

そう言っていると、他の2年生の子たちも寄ってきて、 
「なになに花火?」「でも今日雨降るらしいよー」と話が膨らんでいった。 
俺には、なんだかその千景ちゃんの様子が、 
無理矢理にこの場の雰囲気を和ませようとしているようにも見えた。 

慣例であるレギュラーメンバーの試合形式の練習になっても、 
奈央の様子が変わることは一向になかった。 
それと比例して、チームの調子もどんどん下向いているような気がした。 
俺にはどうしたらいいか分かるはずもなく、 
ただ外野から励ますことしかできなかった。


 
461:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:10:15.81 ID:Rs/OBWCe
楽しかったはずのバレー。こんな時、どうすればいいんだっけ。 
俺は、自分の経験を手繰り寄せて考えていた。 
でも、俺が今のケガ以外でバレーに手がつかなくなったことはなかった。 

だから、奈央の気持ちが分からない。 
どうしたらいいのか、全然分からなかった。


 
462:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:13:44.22 ID:Rs/OBWCe
一生懸命の奈央。バレーが好きな奈央。 
俺にもう一度バレーと向き合うきっかけをくれた奈央。 
どうにかして助けてやりたい。 

でも今の俺には、それに気づいてあげられるだけの力も、経験もないのだ。 
部活のコーチだなんて息巻いて、こんな時助けてやれないんじゃ、何の意味もないんだ。 
やっぱり、俺にバレーは……


 
463:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:17:20.34 ID:Rs/OBWCe
そんな事を考えてしまって、体育館のステージに腰掛けていると、 
千景ちゃんに声をかけられた。 

千景「良かったら、居残り練習付き合ってくれませんか?」 
練習が終わって、ほとんどの部員が帰った後だった。 
当然、奈央も俺より先に帰っていた。 

俺「いいけど、今日はネットの片付けは…」 
千景「午後、男バレがそのまま使うんで、立てっぱなしでいいんです」 
そう言うと、千景ちゃんはボールを持ってきて、俺の方に投げた。 
「お願いします」と言ってにこにこ笑ったので、俺もなんだかほっとした。


 
464:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:22:10.93 ID:Rs/OBWCe
千景「レシーブ練習がしたいので、テキトーに打ってきてください」 
俺「オッケー。あ、でも」 
俺「部室、閉まっちゃわない?」 
千景「奈央先輩に言って、鍵を預かってるので大丈夫です」 
俺「それならいいね」 

俺は千景ちゃんに向かって、軽めにボールを打った。 
彼女は2年生だけど上手くて、リベロとしてレギュラーになっている。 
千景「奈央先輩から、よく1さんの話を聞いてました」 
俺「え、どういうこと?」 
唐突のことで、俺はちょっとびっくりした。


 
465:名無しのVIPPER定期  :2015/11/13(金) 02:23:40.48 ID:Rs/OBWCe
千景「私奈央先輩と仲いいから、よくLINEするんです」 
千景「1さんの事も、よく話題に上がるんです」 
千景「なんか、楽しそうで」 

千景ちゃんはそう言ってくすっと笑った。 
その言葉に、俺は胸がいっぱいになったような気がした。 

俺「本当に?本当なら…良かった」 
千景「何がですか?」 
千景ちゃんの問いに俺は少し言葉が詰まったけど、頑張って続けた。 
俺「だって、いきなり居候とか言って知らない奴が家に来たら…普通は嫌じゃん」 
千景ちゃんは「確かに!」と言って笑った。


 
466:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:28:11.48 ID:Rs/OBWCe
千景「でも、奈央先輩なら大丈夫ですよ」 
千景「すごく優しい人なんで、そういう事は考えないと思います」 
千景「逆に、無理矢理部活に誘っちゃって迷惑じゃないかなぁって、すごく気にしてました」 

俺もそれを聞いて、思わす笑いがこぼれた。 
お互いに、とりこし苦労をしていたということなんだろうか。 
俺は先程まで抱えていた不安を、千景ちゃんに話してみようと思った。 
何か、この子になら話してもいいように思えた。 

俺「奈央は、大丈夫かな。今日、絶対普通じゃなかったよね?」 
千景「そうですね…かなり落ち込んでましたね」 
俺「俺、何かできることないかな。何も分かんなくてさ…」 
俺がそう言うと、千景ちゃんはきょとんとしてこちらを見つめた。


 
467:名無しのVIPPER定期  :2015/11/13(金) 02:30:03.69 ID:Rs/OBWCe
すみませんが、今日はここまでにします。 
また明日、書きにきます。 
いつも来てくれる人、本当にありがとう。


 
468:名無しのVIPPER定期  :2015/11/13(金) 02:39:57.67 ID:ioTk41PP
俺の千景頑張れー!


 
469:名無しのVIPPER定期 :2015/11/13(金) 02:41:22.59 ID:pfMbvi/K
おつかれさま♪


 
470:名無しのVIPPER定期  :2015/11/13(金) 05:21:45.61 ID:0gdQSPIQ
お疲れ様♪ 
今日も面白かったよ 
毎日朝ドラ見てる感じだわ


 
482:名無しのVIPPER定期  :2015/11/14(土) 21:49:19.74 ID:zqkbV+t
俺「どうしたの?」 
千景「いえ、やっぱり1さんは良い人なんですね」 
俺「やっぱりって?」 
千景「こっちの話ですw」 
ちょっと考えると意味が分かった気がして、なんだか気恥ずかしかった。 

千景「奈央先輩、ふられちゃったんです」 
千景「だから落ち込んでるんだと思います」 
俺「へ?」 

千景「これ、先輩には言わないでくださいね…」 
俺「うん、もちろん。言わないよ」 
千景ちゃんがあまりに突然な事を言い出したので、俺も対応がしどろもどろになった。


 
483:名無しのVIPPER定期  :2015/11/14(土) 21:51:03.80 ID:zqkbV+t
千景「バスケ部の2年生なんですけど…ずっと好きだったみたいで」 
俺「え?」 
俺「ニシ君じゃないの?」 

千景ちゃんは目を丸くして俺の方を見た。 
千景「西って…野球部の西先輩ですか?」 
千景「どうして西先輩なんですか?」 

俺はちょっと困ってしまったが、言葉を振り絞った。 
俺「だって試合の時にお守りを…」 
千景「お守り?なんでそんな事知ってるんですかw」 
千景ちゃんは転がったボールを拾いながら、再び俺の方を見た。 

俺「試合の時、俺が車で送ったんだけど…その時に持ってたから」 
俺「そうなのかなって思ってた」


 
484:名無しのVIPPER定期  :2015/11/14(土) 21:55:56.71 ID:zqkbV+tl
それを聞くと千景ちゃんは合点がいったように「あ~!」と頷いた。 
千景「それ、女バレみんなでやったやつですよ」 
俺「えー、そうだったの?でもなんで…?」 
千景ちゃんは楽しいのか、にやにやしながら話を続けた。 

千景「うちらが総体に出た時、偶然野球部の人たちが応援に来てくれて」 
千景「そのお返しをしようって、みんなで作ったんですよ」 

それを聞いて、体から力が抜けた。 
あのお守りは、そういうことだったのか… 
勝手に決めつけて、一人で盛り上がっていた自分が何だか恥ずかしい。 
そして千景ちゃんは、依然として笑みを浮かべたままだった。



492:名無しのVIPPER定期  :2015/11/16(月) 01:33:09.94 ID:FznaLMFr
千景「むしろ、西先輩が奈央先輩の事好きだったんですよ」 
俺「え、そうなの!?」 
千景「告白されて、断ったって言ってました」 
千景ちゃんはそう言うと「あれは超驚いたな~w」と笑っていた。 
俺はそれを聞いて、呆然としていた。 

千景「1さんは校外の人だし、心配してたから色々話しましたけど」 
千景「この話、絶対奈央先輩には秘密ですよ」 
千景ちゃんの真剣な眼差しが俺を捉えていた。 
俺はその念押しに、黙って頷いた。


 
493:名無しのVIPPER定期  :2015/11/16(月) 01:34:26.52 ID:FznaLMFr 
千景ちゃんの話が全て本当なら、 
俺はとんでもないものを拾ってしまったのかもしれない。 

ニシ君は、奈央が決して自分を見ていないことを知っていた。 
それでもあのお守りを受け取って…どんな気持ちだったのだろう。 
あの日、あそこに落ちていたお守りは…もしかしたら本当に。 

俺の脳裏に、ヒットを一本も打てず、試合後泣き崩れていたニシ君の姿が蘇った。


 
494:名無しのVIPPER定期 :2015/11/16(月) 01:35:29.36 ID:FznaLMF
正午過ぎの体育館。 
全ての窓を開け放していたものの、真夏の暑さで汗が吹き出た。 
それでもこの日は曇っていたから、暑さはマシな方だった。 
しばらく黙って、レシーブ練習や対人を続けた。


 
495:名無しのVIPPER定期 :2015/11/16(月) 01:37:07.44 ID:FznaLMFr
俺「でも、失恋って…どうしてあげたらいいか分からないなぁ」 
俺「辛そうだし、何かしてやりたいけど…」 
そう言うと、千景ちゃんは真面目な表情になって俺を見た。 

千景「無理して考えなくてもいいと思います」 
千景「奈央先輩って、あんまり人に弱音を吐かないんです」 
千景「今回のことは、私にもあんまり話してくれませんでした」 

千景「だから、もしも何か言われたら、その時にちゃんとこたえてあげればいいと思います」 
俺はその言葉に何度も頷いた。 
何か言おうとしたけど相応しい言葉が思いつかなくて、ただ黙って頷いた。


 
496:名無しのVIPPER定期 :2015/11/16(月) 01:43:54.44 ID:FznaLMFr
俺がその沈黙を掻き切ろうと、ボールを構えた瞬間だった。 
俺のポケットに入っていたスマホが震えたのを感じた。 

早く帰って来て 
対人して欲しいから。 

俺「…奈央からだ」 
千景「え!先輩からですか?」


 
497:名無しのVIPPER定期 :2015/11/16(月) 01:50:50.07 ID:FznaLMFr
俺「対人して欲しいから、早く帰って来てって…」 
画面を見せると、千景ちゃんも俺も黙ってしまった。 
でもすぐに千景ちゃんは俺の顔を見上げて、言った。 

千景「こたえてあげてください」 

その表情はどこか、少しだけ憂いを帯びていた。 
俺は「ああ!」と言い切って走って体育館を出た。 

むわっとした湿気を纏った熱気を感じた。一雨来そうな感じだった。 
駐輪場の端っこに止めてある自転車にまたがって、 
俺は前のめりになってペダルを踏み出した。


 
498:名無しのVIPPER定期 :2015/11/16(月) 02:02:39.61 ID:FznaLMFr
制服を来た男子生徒にすれ違う。 
校舎の脇を歩く野球部の一団と目が合った。 
俺はなりふり構わず、立ちこぎで自転車を思い切り走らせた。 

遠くで落雷の音が響いた。その音が、俺の焦燥感を煽った。 
奈央が待ってる。あの庭で、奈央が待ってる。 
その一心だったのだ。


 
499:名無しのVIPPER定期 :2015/11/16(月) 02:07:41.47 ID:FznaLMFr
学校を出て坂道を登る最中、色んな想いが頭の中を駆け巡った。 

奈央が落ち込んだり、怒ったり、笑ったりしていたのは、 
恋をしていたからなのか。 

奈央が朝一で部活に行った時は、いつも隣のコートに男子バスケがいた。 
初めて部活に行ったあの日、俺と別々で体育館に入ったのも… 
そう考えると、全ての辻褄が合ってくるような気がした。


 
500:名無しのVIPPER定期 :2015/11/16(月) 02:14:09.21 ID:FznaLMFr
俺と出会ってから、奈央は沢山の表情を見せてくれた。 
でも何故だか、その全てが壊れてしまうような不安を覚えた。 

奈央はバレーが大好きな女の子。 
俺に、もう一度前を向くきっかけをくれた人。 
何がどうなろうと、俺にとってはそれが全てだったのだ。 
だから俺は、無我夢中で坂道に向かってペダルを踏み込んだ。 

きっと、ボールを持って待っているに違いない。


 
521:名無しのVIPPER定期  :2015/11/18(水) 00:52:49.31 ID:xK8lMwpC
家に着く頃には俺は息が上がってしまって、朦朧としていた。 
山の方から聞こえてくる蝉の声が、頭の中で反響する。 

水道と花壇の間に自転車を立てかけて玄関に走ると、 
そこには奈央がボールを抱えて座っていた。 
俺は「いた…」と言って膝に手をついて息を整えた。 

奈央は驚いた様子で俺を見上げた。 
奈央「そんなに急いで来たの…?」 
俺「だって、対人したいんでしょ?やろうぜ」 

俺はぜえぜえと息を上げたまま答えたが、 
自分でも質問の答えにはなってないなって分かった。


 
522:名無しのVIPPER定期  :2015/11/18(水) 01:00:42.37 ID:xK8lMwpC
俺は奈央の肩を叩いて「来いよ!」と庭へと誘った。 
奈央も「うん…」と申し訳無さそうに立ち上がった。 

奈央が打たずにボールを抱えたまま立ち尽くしていたので、 
俺は「来い!思いっきり打っていいよ!」と声をかけた。 
奈央はそのまま、黙ってこちらを見てボールを打ち込んだ。


 
523:名無しのVIPPER定期  :2015/11/18(水) 01:05:09.40 ID:xK8lMwpC
そしてそのまま、会話を交わすこともなく黙々と対人を続けた。 
レシーブする。トスが返ってくる。打つ。トスを上げる。レシーブする… 

そんなことを何周繰り返した頃だろうか、 
ぽつぽつと、雨が降ってきた。 
小雨というわけではなく、すぐに勢いのある雨となった。 

ただ奈央は、雨が降ってきても対人をやめる素振りは見せなかった。 
なので俺も濡れることは気にせず、それに付き合った。


 
525:名無しのVIPPER定期  :2015/11/18(水) 01:11:39.24 ID:xK8lMwpC
サアア、と雨の音が辺りを包み、蝉の声が消える。 
奈央「あは、やったぁ。これだけ雨が降ったら今日の花火は中止かもね」 
不意に奈央がしゃべり始めて、雨の中で力のない笑顔を浮かべた。 

俺「まあ、そうかもね。花火、行かないの?」 
俺がそう質問しても奈央は答えず、再び黙って対人を始めた。


 
526:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:17:46.53 ID:xK8lMwpC
奈央は、俺とラリーを続けながら話し始めた。 

奈央「1は、花火大会とか行った事あるの」 
俺「そりゃあ、あるさ」 
奈央「女の子と一緒に?」 
俺「それは言いたくないな」 

言いたくないというよりも、女の子と一緒に行ったことはなかった。 
だが、そんな事を真正直に言うのも気が引けた。


 
527:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:21:47.29 ID:xK8lMwpC
奈央「私、ふられちゃったの」 
突然核心に触れる言葉が飛び出し、俺は動揺を隠せなかった。 

俺「そっか…まあ、そういうこともあるよ」 
奈央「何それ」 
奈央「もっと気の利いた事言えないの?」 
俺は何て言えばいいのか分からなかった。 

ただでさえ雨の中で対人をしていて、頭が回らなかったのだ。 
奈央を助けてやりたい。助けてやりたい! 
そして無意識に想いが溢れ出た。


 
528:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:24:11.97 ID:xK8lMwpC
俺「じゃあ、打ってこい!気が済むまで、思いっきり打ってこい!」 
俺「俺が全部キャッチすっから!!」 

叩きつける雨の中で、奈央がこちらを見て立ち尽くした。 
その姿は、何かに怯えているように見えた。 
俺はそれを見て胸が張り裂けそうになった。 

俺「大丈夫、俺は絶対ここにいるから」 
俺「全部、受け止めるから!」 
奈央は黙ってボールを掲げた。そして俺の方に向かって思い切り打ち込んだ。 
俺はそのまま奈央が打てるように、高々とレシーブを上げた。 

天高くボールが舞い上がり、奈央がそのまま腕を振り下ろす。


 
529:名無しのVIPPER定期  :2015/11/18(水) 01:27:45.32 ID:xK8lMwpC
何度も何度も、奈央の渾身のボールを受け止める。 
打ち続けるうちに、奈央は鼻をすすり始めた。 

そして、打ったかと思うと、ボールを真下に叩きつけた。 
奈央はそのまま「うあああ」と声を上げて泣き始めた。 
叩きつける雨音の中に、奈央の泣く声が入り混じった。 

目の前で、雨に打たれて嗚咽している奈央。 
手の甲で何度も何度も顔を拭った。 
俺はそれを、唇を噛んで見ていることしかできなかった。


 
530:名無しのVIPPER定期  :2015/11/18(水) 01:30:29.65 ID:xK8lMwpC
奈央は泣き続けた。 
泣いても泣いてもおさまらないようで、ずっと声を上げて泣いていた。 

しばらくして、不意にボールを拾い上げたかと思うと、 
そのまま俺に向かって打ち込んできた。 
俺は突然のことで反応できず、ボールをはじいてしまった。



 
531:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:34:15.19 ID:xK8lMwpC
奈央「やった。私の勝ち、だ」 
降りしきる雨の中で、奈央は俺に向かって満面の笑顔を見せた。 

服も髪も、びしょ濡れになってぐしゃぐしゃの奈央。 
けど、その笑顔は俺が今まで出会ってきた中で、飛びきり一番の笑顔だった。 

「奈央」 
俺は思わず、奈央の名を呼んだ。


 
532:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:37:02.80 ID:xK8lMwpC
奈央「へへ、なんかスッキリした」 
奈央は両手で目元をこすっていた。 

奈央「まだ、悲しいけどね」 
俺「そりゃ、そんなすぐには全部忘れられないよ」 
奈央「あれ、まるでそういうことがあったっていう口ぶり」 

俺はそう言われて「ないよ」と笑った。 
奈央の元へと駆け寄り、「風邪ひくから中入ってすぐ着替えな」と言った。 
奈央は俺の顔を真っ直ぐに見上げた。 

奈央「ありがとね。こんな事に付き合ってくれて」 
そう言う奈央の目は真っ赤に充血して、涙が溜まっていた。


 
533:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:40:02.87 ID:xK8lMwpC
俺「そんな事、気にするなよ。俺はただの居候だしな」 
俺がそう言うと、奈央は笑って「そんなことないよ」とつぶやいた。 

「なんかめっちゃ鼻水出ちゃったw」 
「きたねえな、顔も洗っとけw」 
俺たちはそんなやりとりをしながら、家の中へ戻った。 

この日この時、俺の前で見せた奈央の表情はずっと忘れることができない。 
ただ、この出来事があったから、俺の新しい夢への想いは確信へと変わりつつあった。 

もう、昔を思い出して嘆いているだけの俺はいなかった。 
前を向こう、これからの未来を考えよう、そんな想いがふつふつと湧いてきていた。


 
534:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:41:19.87 ID:xK8lMwpC
夕方になると分厚く空を覆っていた雲は立ち消え、 
気持ちの良い夕空が広がっていた。 

東の空は暗闇に溶け込み、西の空は橙色の波を帯びていた。 
これならきっと花火大会もあるだろう、そんな風に思った。


 
535:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 01:42:29.53 ID:xK8lMwpC
今日は一旦ここまです。 
続きはまた明日書きます。 

かなり佳境まできました。 
見てくれている人、ありがとう


 
536:名無しのVIPPER定期 2015/11/18(水) 01:43:11.40 ID:PKhsmwnx
描写上手いなぁ… 

しえん

 
 
537:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 03:29:13.02 ID:EGayC3GY
おつかれさま♪

 
 
538:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 05:11:10.19 ID:lJU8Wp6Q
今日もお疲れ様♪


 
539:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 09:43:29.88 ID:eDjqExff
素晴らしい。 
奈央ちゃんとの描写が印象的だね 
しえん。


 
540:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 18:54:34.11 ID:eDjqExff
綺麗な描写が多いから、岩井俊二あたりに実写化してほしい


 
544:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:04:03.92 ID:anNfxHXg
奈央はもしかしたら、夕飯の場に顔を出さないかと思っていたが、 
おばさんに呼ばれて居間に下りると、その団欒の中に奈央がいた。 

奈央は少し目を腫らしているように見えたが、 
家族の中でいつも通りにご飯を食べていた。 

ただ、テレビを見ながら力なく笑っている奈央の姿が、俺の胸を騒がせた。 
自分でもよく分からないが、いつも通りにしている奈央を見て胸が傷んだ。


 
545:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:09:23.07 ID:anNfxHXg
夕飯を食べた後、部屋で窓を開けて扇風機を回して勉強をしていた。 
すると、外から「ドドドン!」という音が聞こえて、 
麓の方角で花火が打ち上がるのが見えた。 

「こんなによく見えるんだな」と感激して、すぐに1階へ下りた。 

俺「花火、始まりましたね!」 
おばさん「そうね、よく見えるでしょ」 
縁側では、おじさんとおじいちゃんがガラスの灰皿を置いて、二人でビールを飲んでいた。 
テレビの前で、奈央が浮かない様子でスマホをいじっていた。


 
546:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:10:27.12 ID:anNfxHXg
おばさん「そういえば、今朝ぶどうが取れたんだけど食べて」 
そう言っておばさんは居間のテーブルにぶどうを3房ほど出してきた。 

俺「これって、もしかして隣の畑のやつですか?」 
俺が興奮して聞くと、おばさんは 
「そう。1君が奈央と一緒に水あげてくれたやつ」と言って笑っていた。


 
547:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:14:19.45 ID:anNfxHXg
目の前に出てきた瑞々しいぶどうを見て、少し嬉しくなった。 

横にいた奈央に「な、これなんてぶどうなの?」と聞くと、 
「巨峰だよ、一番美味しいやつー」と力のない返事をされた。 

俺「これって、俺らが水あげたやつだよな?それが食べれるって凄くね!」 
俺が興奮してそう言うと、奈央は笑っていた。 
奈央「何いってんの、大げさだなぁ」


 
548:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:16:34.97 ID:anNfxHXg
でも俺は確かに、奈央と二人で水をあげた日の事を思い出していた。 
あの時、奈央は大口を開けて笑っていた。 

すごく楽しそうだったと思う。 
ここに来てから、本当に色んな奈央の表情を見てきた。 

大口を開けて楽しそうに笑う姿や、いたずらっぽくにやにや笑う顔、 
バレーに対する真剣な眼差しや、落ち込んで下を向いていた表情、 
そして土砂降りの中で見せた泣きっ面に、満面の笑顔… 

その全てが俺の心に強く残っていて、その全てが奈央だった。 
そして、その沢山の表情に、俺は動かされ、変わってきていた。


 
549:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:19:54.29 ID:anNfxHXg
でも今の奈央の表情は…いつもと変わらない様子を見せている奈央の表情は… 
俺の心に残したくないな、と感じた。 
そんな瞬間、奈央の口からぽろっと言葉がこぼれ落ちた。 

奈央「花火…行きたかったな」 

その言葉を聞いて、心臓が大きな音を立てたのが分かった。 
色々と考えてしまう前に、すぐに口から気持ちを吐き出す。


 
550:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:38:41.15 ID:anNfxHXg
俺「じゃあ、行こうよ」 
奈央「は?何いってんの?」 
奈央が右手にぶどうの実を持ったままこちらを見た。 

俺「行きたいんだろ。まだ全然間に合うじゃん。」 
俺「一緒に行ってこようぜ」 

奈央は俺から視線を外して下を向いた。 
奈央「え、でも…」 
奈央「1だって勉強があるし、もうこれ以上色々迷惑かけれないし」 
俺「そうじゃないよ」 
俺は強く言い切った。



551:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:50:27.06 ID:anNfxHXg
奈央「え?」 
俺「俺が行きたいんだよ、俺が。だからさ、一緒に行こうよ」 
奈央「はー…?」 
奈央は返答に困ったららしく、目をきょろきょろさせた。 

俺「行こうぜ。自転車で下ればすぐだろ。な、奈央」 
奈央は少し「うー…」と首を傾げて考えてから答えた。 
奈央「いいよ…」 
俺はそれを聞いた瞬間、ぱっと心が晴れて「おっしゃ!」と口走ってしまった。


 
552:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 21:58:01.82 ID:anNfxHXg
奈央「いいけどさぁ…ちょっと待ってね」 
俺「どうしたん?」 
奈央「準備するから、待ってて。分かるでしょ」 

そう言われて俺は落ち着かず、家の外の玄関の前に座って、 
一人で遠くに打ち上がる花火を眺めていた。 

ドン…パラパラ…という音が光から数秒遅れて聞こえてくる。 
遠くで小さく瞬くだけの花火は、見ていて物悲しく感じた。


 
553:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 22:04:40.49 ID:anNfxHXg
リリリリ…という虫の声と、縁側で話すおじさんたちの笑い声も聞こえた。 
蒸し暑くて、Tシャツ1枚とステテコという軽装だったのに汗が滲んだ。 

俺はぼんやりと、考え事をしていた。 
これから奈央はどんな格好で出てくるんだろうなぁとか、 
奈央と二人で花火を見るのはちょっと照れるなぁとか、 
これから、俺はどうしていこうか―とか。


 
554:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 22:20:50.08 ID:anNfxHXg
頭の中がこんがらがって、今何が起きているのかもよく分からなくなった。 
しばらくすると、玄関の戸が開いて奈央が出てきた。 

奈央「おまたせ…」 
俺は奈央の姿を見て「おっ」と声が漏れた。 

奈央はシンプルなカットソーとスカートで出てきて、長い髪に帽子を被っていた。 
普段は部活着か制服、部屋着しか見たことがなかったので、 
私服を着ている奈央は少しだけ垢抜けていて、新鮮だった。


 
555:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 22:54:57.86 ID:anNfxHXg
俺「なんだ、その帽子」 
奈央「ハットだよ、ストローハット。バカ」 

俺「それ被ってくのかw」 
奈央「もう、あんま茶化すなら行かないよ」 
そう言って奈央がむくれてしまったので、俺も 
「嘘だよ、似合ってる」と気恥ずかしい事を言ってしまった。自業自得だ。


 
556:名無しのVIPPER定期 :2015/11/18(水) 22:58:06.74 ID:anNfxHXg
俺「そんなにオシャレして行く必要あるか?」 
奈央「だって学校の誰かに会うかもしれないし」 
奈央「変な格好してるの見られたくないでしょ」 
俺は確かにな…と思いつつ一つ引っかかった。 

俺「え、でもさ。俺と一緒にいるとこ見られていいの?」 
奈央「大丈夫でしょ別に。それに1は学校の人じゃないし、東京に戻っちゃうんだから」 
俺「ああ…」 

俺はそれを聞いて思い出してしまった。 
最近は過去を振り返って落ち込む事もほとんどなくなっていた。 
その全てが今の暮らしが充実していて、楽しかったからだ。


 
557:名無しのVIPPER定期  :2015/11/18(水) 23:05:52.81 ID:anNfxHXg
でも、俺は夏が終わったら東京に戻らないといけない。 
ここでこうしていられるのも、あと少しだけだった。 

このまったく知らなかったど田舎の世界で、 
のびのびと笑って、ぶどうなんか食べて、 
奈央と一緒に過ごせるのも、奈央とバレーができるのも、あと少しだった。 

これが終わったら、俺はどうなるんだろう? 
俺にはまだそれが分からなかった。


 
587:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:13:25.99 ID:XQ9/mf6g
自転車を出そうとすると、おじさんに声をかけられた。 
おじさん「お、どこに行くで」 
俺「ちょっと、花火を近くで見ようと思ってw」 

そうするとおじさんは酔っているのか、 
「奈央が襲われないように守ってやってくれよ!あ、1君も何もすんなよ!」 
と声をあげて笑っていた。 

隣にいたおじいちゃんは神妙な面持ちで「気をつけて行くだぞ」と言ってくれた。


 
588:名無しのVIPPER定期 2015/11/21(土) 23:16:04.49 ID:XQ9/mf6g
俺はそれに「はい」と返事をし、奈央に「いくぞ」と声をかけた。 

俺「奈央、早く早く!」 
俺はそう言って、全力で自転車をこぎだした。 
奈央が後ろから「待って!」と言って追いかけてきた。 

もう何度か通った、あの下り坂を全速力で下っていく。 
夜風が体に当たって、すごいスピードで街灯が過っていった。 
俺は、奈央を花火大会に連れ去る漫画の主人公にでもなったつもりだった。


 
590:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:18:23.62 ID:XQ9/mf6g
自転車をこぐたび、心臓がどんどん高鳴るのを感じた。 
それは近づく花火の音と呼応して、勢いを増していった。 

坂道を全速力で下り終えると、平らな道へ出た。 
横にはあの河が流れていて、 
遠くの橋の上には屋台の灯りがいくつもともっていた。 

大勢の人が灯りの中を歩いているようだ。


 
591:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:20:15.44 ID:XQ9/mf6g
ここまで来て、奈央が「やっぱりダメ」と言って急に止まってしまった。 

俺「どうした?」 
奈央「もしかしたら、会っちゃうかもしれないから…」 
俺は少し黙って考えた。 

俺「奈央がふられた人に…か」


 
592:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:21:50.89 ID:XQ9/mf6g
奈央「もし他の子と歩いてたら…私…」 
奈央はそう言って、下を向いてしまった。 

俺は悩んだ。このままだと、奈央を連れ出してきた意味がない。 
それどころか、奈央をもっと傷つけてしまうだけかもしれない。 

ただ、奈央は花火大会に来たかったんだ。 
奈央のあの表情を変えたかった。 
でも、俺には無理だったのか?


 
593:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:23:01.26 ID:XQ9/mf6g
瞬間、俺は閃いた。 

俺「河川敷のひまわり畑に行こう」 
奈央「え?」 

俺「河川敷の横に、ひまわりが咲いてるの見たんだよ」 
俺「あそこから見ようぜ、花火」 

俺「ひまわり、好きなんだろ」


 
594:名無しのVIPPER定期  :2015/11/21(土) 23:29:07.07 ID:XQ9/mf6g
俺がそう言うと、奈央は「なんでそんな事知ってんの」と苦笑いした。 
俺「言ってたじゃん、もうけっこー前だけど」 
奈央「そうだっけ」 

そう言うと、奈央は笑って頷いた。 
奈央「あそこなら人も少ないだろうし、いいけど」 
それを聞いて俺は「よっしゃ」と言って自然と笑顔になった。


 
595:名無しのVIPPER定期 2015/11/21(土) 23:31:34.82 ID:XQ9/mf6g
俺「奈央、行くぞ」 
そう言うと、奈央は「うん」と頷いて俺の後をついてきた。 

道の脇に2台の自転車を置いて、河川敷の横のひまわり畑に向かって下りていく。 
その間も、頭上には何発もの花火が大きな音を立てて打ち上がっていた。 

花火が打ち上がるたびに、奈央が「わっ」と言って見上げるので、 
足を踏み外さないか、俺は気が気じゃなかった。 

そしてしばらく歩くと、小さなひまわり畑にたどり着いた。


 
597:名無しのVIPPER定期  :2015/11/21(土) 23:38:52.71 ID:XQ9/mf6g
花火が打ち上がって、ひまわりたちを何色にも染めた。 
それは不思議な光景だった。 
元の色があの明るい黄色だとは、到底思えなかった。 

俺「ここからも、よく見えるじゃんか」 
そう言って横の奈央を見たが、黙ってただ花火を見つめていた。


 
598:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:47:12.02 ID:XQ9/mf6g
簡素な電灯しかないから、 
花火が無い時はとても視界が暗くなった。 

そう思うとまた花火が何発も打ち上がり、 
横の奈央とひまわりを鮮やかに映し出した。 

その景色をぼーっと眺めていると、奈央が不意にひまわり畑の中に駆け出した。 
俺「ちょっと、どこ行くんだよ」 
奈央「どこにも行かないよ」


 
599:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:51:19.24 ID:XQ9/mf6g
俺は急いで奈央を追いかけた。 
ひまわり畑の中に佇んでいる奈央を見つけて、安心する。 

俺「暗いし、危ないぞ」 
奈央「ん、分かってる」 

奈央「近くで見れて良かったな」 
俺「そっか、それなら良かった」 
ドン、ドン、パラララ… 
その間にも、頭上ではいくつもの花火が咲いて散っていった。


 
600:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:55:30.91 ID:XQ9/mf6g
奈央「あのさ」 
俺「何」 
花火のせいもあってか、会話のやりとりが簡潔になる。 

奈央「恋なんて、花火みたいなもんだよね」 
俺「え、なんだそれ」 
奈央「私の気持ちも、散って消えていったから」 

ちょっと茶化したい気持ちも湧いたが、 
奈央が真剣に話しているのが分かったので、 
俺も真剣に答えることにした。


 
601:名無しのVIPPER定期 :2015/11/21(土) 23:56:34.33 ID:XQ9/mf6g
俺「あんなに綺麗に咲いて散ったの?」 
奈央「ううん…全然ちがう」 

奈央「あれだけ綺麗に咲いてれば…散らなかったかもね」 

奈央はそう言うと、かぶっていたストローハットを目深にかぶり直した。 
そんな奈央を、頭上の大きな花火が照らした。


 
602:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 00:01:33.14 ID:AdKJxWeq
俺「なあ、奈央」 
奈央「…なに」 
奈央はストローハットで目元を隠したまま答えた。 

俺「散っちゃったなら、いいじゃんか。綺麗さっぱり、切り替えられる」 
俺「ずーっと心に残ってるほうが大変だぞ」 
俺はまるで自分に語りかけるように、奈央に言った。


 
603:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 00:05:29.59 ID:AdKJxWeq
俺「次は、ひまわりみたいな恋をすればいい」 
奈央「なに、それ」 
俺の言葉を聞いて、奈央が笑って顔を上げてくれた。 

俺「ひまわりは、消えないからな」 
奈央「でも、夏が終わったら枯れるよ」 
俺「枯れないようにすればいいさ」 

奈央は「いみわかんないw」と文句を言っていたが、笑顔が戻ってきて、 
俺は心が温かくなるような、安心するような、よく分からない気持ちになった。


 
605:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 00:12:58.03 ID:AdKJxWeq
俺「それに、もう一つ大事な花火がある」 
奈央は「なにそれ」と言いたげな目でこちらを見たが、すぐに気づいて、 

「分かってる、絶対勝つんだからね」と得意げな表情を浮かべた。 

さっきまで帽子で顔を隠していたくせに、と笑ってしまいそうになったが、 
奈央の様子が元気になってきて、俺はとても嬉しくなった。


 
606:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 00:14:13.34 ID:AdKJxWeq
俺「明後日だな、夏季大会」 
奈央「うん、そうだね」 

俺「悔いがないように、最後まで頑張ってな」 
奈央「頑張るよ、絶対。最後の最後まで」 

頭上で、大きな金色のスターマインが夜空のカーテンのように広がっていた。 
奈央の花火が、部活の集大成が、綺麗に咲きますように― 
俺はそんなことを願っていた。


 
607:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 00:15:21.26 ID:AdKJxWeq
今日はここまでにします。 
恐らく、次に書きに来るときに完結すると思います。 

あと少しですが、皆最後までお付き合い頂ければ、嬉しいです。 
よろしくね。


 
608:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 00:17:30.67 ID:AzkPFeFE
おつかれサマー♪


 
609:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 00:34:26.70 ID:5wQ7Ysjm
次で完結なんだな... 

なんか寂しい気分だ


 
610:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 00:36:16.09 ID:LMtk8UFV
奈央の最後の試合を通して、>>1にどんな変化が起きるんだろうね! 
次回、「忘れない夏」の秘密が明かされる! 
待ちきれない!


 
611:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 01:38:01.08 ID:uHVAjfY4
おつかれさま♪ 
もう最期かー


 
614:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:01:05.59 ID:PVGs7r0u
こんばんは、今日も書いていきますね。 
今日が、最後となります。 

よろしくお願いします。


 
615:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:03:57.83 ID:ngIt9MmP
待ってました♪


 
616:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:04:10.46 ID:Q5KQyfyU
>>614 
待っていたよ。 
よsろしくねw


 
617:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:10:38.62 ID:PVGs7r0u
翌日の朝、奈央は昨日のことがまるで嘘だったかのように、 
元気に部活をやっていた。 
吹っ切れたかのように、あの笑顔で、 
大声を上げてボールを追いかけていた。 

奈央の調子が戻ると、自然とチーム全体の調子も高まり、 
俺がコーチに来てから一番の活気に満ちていた。 
練習中、千景ちゃんに「奈央先輩、復活しましたね」と笑われた。


 
618:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:14:07.76 ID:PVGs7r0u
千景「1さん、先輩に何か言ったんですか?」 
俺「うーん…ちょっとそれは、秘密かな」 

俺が笑みを含んでそう言うと、千景ちゃんは意味深に、 
「1さんって、本当にいい人ですよね」と楽しそうに笑顔を浮かべていた。 

それが何を意味しているか、少し気になったけど、すぐにどうでもよくなった。


 
620:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:19:01.08 ID:PVGs7r0u
とにかく、今この体育館の中には笑顔の奈央がいて、 
最高の調子になったチームがある。 

後は明日の夏季大会で、この目で見るものが全てなんだろう。 
そんな風に、感じていたからだ。


 
621:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:21:01.99 ID:PVGs7r0u
部活が終わった後、奈央はみんなの前で 
「みんな、今までありがとう。明日は最後まで、楽しく笑顔で頑張ろうね」と語った。 

澄んだ瞳に、感謝の満ちた表情だった。 
高校の3年間の部活、それはきっと誰にとってもかけがえのないものだ。 

奈央にとってのこの3年間も、きっと何物にも代えがたい、 
楽しくて、大切な、長いようで、あっという間の3年間だったんだろう。


 
622:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:34:42.28 ID:PVGs7r0u
ここ一週間は、俺もその大切な3年間の一部になっていたのだ。 
そう考えると、なんだか少しだけ胸が温かくなった。 
そして俺自身も、 
自分のやり遂げられなかった3年間を重ねあわせていたのだと、強く思う。 

そして体育館を出る時、奈央は俺に向かって 
「私、気合入れてくるからね」と言って家の鍵を手渡した。 

それはつまり、「先に家に帰ってて」といういつものやりとりだったのだが、 
気合を入れるってどういうことだ?と言葉の意味までは汲み取れなかった。


 
623:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:37:38.33 ID:PVGs7r0u
夕方、家に帰って来た奈央は生まれ変わっていた。 
肩甲骨まではあったであろう長い髪を、 
さっぱりとショートヘアにしていたのだ。 

居間でばったり奈央と顔を合わせて、 
その変貌ぶりに俺の心臓は大きな音を立てた。 
奈央「ただいま」 
俺「おお…おかえり」


 
624:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:41:28.79 ID:PVGs7r0u
ここまでイメージを変えた女の子相手に、 
何も言わないというのもアレだなと思い、 
俺は恥ずかしくて目が回りそうだったが、勇気を出した。 

俺「すごく短くしたんだね。似合ってるよ」 
そう言うと奈央は「ふっ」と吹き出して笑い、 
「ありがとう」と言ってくれた。 

奈央「そんな真面目に言われると、変な感じだね」 
奈央はそう言って自分の髪を触り、はにかむような笑みをこぼしていた。


 
625:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:42:38.52 ID:PVGs7r0u
パート帰りでキッチンにいたおばさんにも 
「あら!そんなに切ったの!素敵じゃない」と言われていて、 
奈央は上機嫌なようでニコニコしていた。 

正直、奈央がどんな心境で髪を切ったのかは分からない。 
だけど、髪を切った奈央の表情は「何かを決意した」ものに見えた。 

白い首筋が見えるようになってスッキリとした奈央の顔からは、 
強い気持ちが溢れ出していた。


 
626:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:46:20.21 ID:PVGs7r0u
そして、夏季大会当日となる。 
会場は隣町の高校で、そこまでは自転車で向かう。 

一度自分たちの高校に集合した際、奈央がチームメイト全員に囲まれて、 
「奈央先輩どうしたんですか!」 
「めっちゃ可愛いじゃーん!短いの似合うねー!」 
「気合入れてきたねー」 

と髪型に関しての反応がマシンガンのように飛び交っていた。


 
627:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:47:41.99 ID:PVGs7r0u
よく晴れた晩夏の日だった。 
奈央の3年間の想いが結実するには、うってつけの日だった。 

視界が狭くなるような真っ白な日光に、街中が照らされていて、 
何もかもが落ち着かないように見えた。 

夏の終わりだったからだろうか。 
俺の胸も、朝から高く波打っていた。


 
629:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 20:51:24.31 ID:PVGs7r0u
夏季大会の会場に着いて、体育館の外で部員たちが集合する。 
円陣なんか組んで、奈央の声が高らかに響いた。 
「今日は、思いっきりやって、最後まで楽しもう!」 

「おーーー!」部員全員のかけ声が青空の中に吸い込まれていった。 

その中に、俺もいた。 
眩しいはずの太陽を何故か見上げてしまって、 
「すげえ光だな」なんて思った。 
でも、その光の当たる場所に、俺も立っていた。 
奈央たちと一緒に。


 
631:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:00:36.81 ID:PVGs7r0u
体育館の中は、独特の試合前の雰囲気に包まれていた。 
俺も、何度も感じてきた雰囲気だ。 

朝早く、体中にエネルギーとやる気が漲った状態で行う対人。 
不思議な高揚感に包まれて、何にでもなれるんじゃないか、とさえ思える。 

ふと、奈央がボールを抱えたままコートの脇に立ち尽くしていた。 
カットしてすっかり短くなった髪の毛を、さらに結んでいた。


 
632:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:02:11.28 ID:PVGs7r0u
俺「どうかした?」 
奈央「ううん……」 
奈央はそう言って、その場を動こうとしない。 

俺「緊張、してるのか」 
奈央「うん…」 
奈央はこわばった表情で頷いた。


 
633:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:03:40.80 ID:PVGs7r0u
俺「なあ、奈央」 
奈央「え…?」 
俺「今何が聞こえる?」 
俺の質問が唐突だったのか、奈央は眉根を寄せて首を傾げた。 

俺「シューズのこすれる音、ボールを弾く音、スパイクから着地する振動、かけ声…」 
俺「この全部が、バレーだよな」 
奈央は不思議そうに「そうだね」とこちらを見た。


 
634:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:05:17.15 ID:PVGs7r0u
俺「すっごくいいものじゃないか」 
奈央「うん…まあ」 
俺「この中にいるだけで、ワクワクしてくる」 

そう言っている間も、奈央のチームの後輩たちが 
「オッケー!!」と笑顔でかけ声を上げていた。 

俺「色々考えるな。この雰囲気を、楽しんでこい」 
俺「今日で最後なんだ」 

俺がそう言うと、奈央はしばらく体育館の中を見つめていた。 
まるで大切な何かを優しく見守るような、そんな表情だった。


 
635:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 21:08:23.78 ID:PVGs7r0u
奈央にかけた言葉は、そのまま自分にかけたような気もした。 
バレーをやるはずだった三年間。 

途中で途切れた俺の夢。 
俺のしたかったこと、見たかったこと、それは――


 
636:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:09:27.70 ID:PVGs7r0u
夏季大会の参加チームは7チームで、1チームがシードだった。 
抽選の結果、奈央の高校がシードとなり、初戦は2回戦となった。 

「一回勝てばそのまま決勝にいける」 
部員全員が色めき立っていて、不穏な雰囲気があった。 

加えて、俺もコーチとしてコートの横で指示をするのは初めてで、 
うまく采配をとることができなかった。 

結果、初戦は無残にも惨敗してしまった。


 
637:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:10:34.08 ID:PVGs7r0u
俺も慌ててしまいろくなアドバイスができず、 
奈央も緊張からか上手く動けず、 
結果、チーム全体の調子が下向いてしまい、 
全く良いところがなかった。


 
638:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 21:12:25.45 ID:PVGs7r0u
試合後、外に集合した部員たちはみんな真っ暗な表情だった。 
どうしたものか…と考えていた時、澄んだ声が響いた。 

奈央「まだ次があるよ」 
奈央の輝いた表情は、この湿った空気を吹き飛ばした。 

奈央「3位決定戦があるから」 
奈央「最後まで頑張って、そこで勝とうよ」 
奈央「まだ、終わりじゃないんだから」 

負けてしまい、心底落ち込んでるかと思った奈央が、 
一際煌めく表情で、部員たちを鼓舞していた。


 
639:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:14:26.53 ID:PVGs7r0u
千景「そうですよ!みんな、最後まで頑張りましょう!」 
「そうだよね、まだ次があるから!」 
「最後まで諦めないで頑張ろ!」 

奈央の気持ちが、チームを本来の「あの雰囲気」に戻していた。 

俺はその光景が嬉しくて、黙って眺めていた。 
奈央、えらいぞ。 
お前の頑張り、バレーを想う気持ち、それは絶対に返ってくる。 
そんな事を思いながら。


 
640:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:16:33.22 ID:PVGs7r0u
集合が解かれて、部員たちが体育館の中に帰って行く時だった。 
奈央が一人で空を見つめたまま立ち尽くしていた。 
昼下がりの、強い光を帯びた空だった。 

俺「奈央、何してんだ」 
俺が声をかけると奈央は笑みを浮かべてこちらを見た。 
風が吹いて、奈央の短くなった前髪を揺らした。 

俺「奈央?」


 
641:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:22:49.41 ID:PVGs7r0u
奈央「最後まで、頑張るからね」 
奈央はそれだけ言い残し、そのまま体育館へと戻って行った。 

その奈央の姿が印象的で、俺はしばらくその場から動けなかった。 
奈央の澄み渡ったその表情は、俺の胸を強くとらえたのだった。 

昼過ぎの良い時間帯、3位決定戦が始まった。 
初戦と違って、奈央もみんなも落ち着いているようだった。 
俺もドキドキはしていたが、これはすぐに「期待」の高鳴りだなと悟った。


 
642:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 21:31:23.24 ID:PVGs7r0u
俺のここに来てからの全て、 
そして奈央の3年間の全てが、この一瞬に詰まっていた。 
泣いても笑っても、もう最後なのだから。 

「ピーーー」と主審の笛の音が体育館に響いて、 
両校の選手がネットに近寄る。 

俺もコート脇の監督席から、控えの選手とその様子を眺めていた。 
手を叩いて、「よっしゃいこう!!」と声をあげた。 
コートの中で千景も思い切り声を上げ、エンジンがかかった。


 
643:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:35:35.84 ID:PVGs7r0u
試合開始の瞬間、サーブカットを構える奈央と目が合った。 
俺は頷いて、「いけ」と声をかけた。 
奈央は真剣な眼差しで俺を見つめて、深く頷いた。 

試合は3セットマッチで、先に2セットとった方の勝ちだ。 
一発目のサーブカット、千景が良いキャッチをし、 
セッターの子の元へ最高のレシーブが返った。


 
644:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 21:57:14.53 ID:PVGs7r0u
トスは奈央の待つレフト方向へと飛んでいき、 
チーム全員が「奈央!!」と叫んだ。 
俺も身体の底から「奈央、いけぇ!」と叫んだ。 

高く跳んで打ち込んだ奈央のスパイクは、 
ブロックの間をすり抜け、相手コートに叩きつけられた。 

瞬間、ワッ!と歓声が起こり、体育館中が沸き立つ。 
体中の毛穴が開くような、そんな興奮の一瞬。


 
646:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 22:06:53.37 ID:PVGs7r0u
俺「よっしゃいいぞぉ!!」 
思わず大きなガッツポーズをしてしまう。 
それに続いて、控えの子達も「オッケー!」と言って立ち上がる。 

コートの中を走り回る奈央は満面の笑顔だ。 
千景がベンチの子たちに向かって嬉しそうに手を振った。 

奈央たちのチームの良さがふんだんに出ていた。 
これなら、きっといける……


 
647:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:11:05.13 ID:PVGs7r0u
一発目の奈央のスパイクで調子を得たのか、 
1セットはスムーズに取ることができた。 
戻ってきたレギュラー陣を全員で鼓舞する。 

俺「いいよ!この調子だ!!」 
俺「楽しんでいこうな!」 

円陣を組む部員全員に向かって渾身のかけ声をかける。 
「はい!」ときらきら輝く表情が返ってくる。 

俺が「いこうか!」と言うと 
奈央が「2セット目もこの調子でいくよ!」と叫んだ。 
「おー!!」というかけ声が力強く響いて、 
俺も「おし」と拳を強く握った。


 
648:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 22:14:54.72 ID:PVGs7r0u
2セット目も出だしは調子が良かったが、 
千景のレシーブミスをきっかけに、徐々に調子を崩してしまった。 
全員の奮闘も虚しく、2セットは僅差で落としてしまった。 

しかし、みんなの様子は一つ前の試合とは違った。 

奈央「サーブカットがちょっと乱れてきてるね」 
千景「そうですね…私のミスがちょっと…」 
奈央「ううん、大丈夫。切り替えていこう!」 
「はい!」


 
649:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:16:03.49 ID:PVGs7r0u
この状況になっても奈央もみんなも、笑顔を絶やさなかった。 
そうなんだ。 
バレーは楽しい。そういうものなんだ…… 
きっと、ずっと、そうで… 

そんな事を思って感極まり、しばらく黙って見守っていたが、 
すぐに声をかけた。 
俺「カットの時は、姿勢を低くして、膝は足首の前、だよ」 
「はい!」 

俺「大丈夫、決して流れは悪く無い」 
俺「みんな、すげー頑張ってるもんな?」 
「はい!」


 
650:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:23:30.43 ID:PVGs7r0u
俺「次のセットが、本当に最後なんだ」 
俺「みんな、楽しんでいこう!」 
俺がそう言うと、全員の「はい!」という力強い声が響いた。 

最終セットが始まる直前、奈央が俺の前に立っていた。 
ぐっと拳を握って、小さなガッツポースを作ってみせた。 
奈央「楽しんでくる」 
にこっと笑って、そのままコートの中へと駆けていった。


 
652:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:29:57.69 ID:PVGs7r0u
瞬間、風が吹いた気がした。 
実際に吹いたかは分からないし、「吹き始めた」という方が、 
正しかったのかもしれない。 
ただ、本当に俺の心の中に熱い風が通り抜けた気がした。 

最終セットは大接戦だった。 
15点マッチの短い試合が、あっという間に15-15となった。 
ここまで来ると、体育館の中には大勢のギャラリーがいて、 
両校の応援も鬼気迫るものとなる。


 
653:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:33:52.88 ID:PVGs7r0u
そんな切迫した状況の中で、こちらのサーブが失敗してしまい、 
15-16のスコアとなった。 

あと1点とられたら― 
チームの雰囲気が重くなって、大きなプレッシャーがかかる。 

エースの奈央は後衛にいた。 
全員が気を落としたその瞬間だった。 
奈央「大丈夫だよ!諦めないでいこう!!」 
奈央の今日一番のかけ声が、コート上でこだました。


 
654:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:40:33.15 ID:PVGs7r0u
俺もはっとして、「大丈夫だ!!一本とるぞ!!」と声を出した。 
千景もそれに気づいて、「一本一本!落ち着いてこー!」 
と声を上げた。 

笛が鳴って、相手チームの痛烈なフローターサーブが飛んでくる。 
千景が思い切りフライングし、コートに転がりこんでキャッチした。 

場内に「おお!」とどよめきが湧いて、 
チーム全員が「あがったー!!」と声を枯らして叫んだ。


 
655:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:44:24.54 ID:PVGs7r0u
セッターの子が懸命にトスを上げて、センターの子がフェイント気味に返した。 
そのフェイントが相手の虚を突き、1点返すことに成功した。 

「うわあああ!!」と歓声が湧いて、 
流れが一気にこちらへと戻ってきた。 
俺「よっしゃぁ!ナイスファイト!!」


 
656:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:50:03.97 ID:PVGs7r0u
滑りこんでレシーブを上げた千景は、コート上で仲間に囲まれて笑顔だった。 
16-16だ。 

1点返したことで、後衛にいた奈央が前衛へと戻ってきた。 
俺「よっしゃ、もっかいこっから!落ち着いていこう!」 

俺はコート上に立つ6人に、懸命に声を送り続けた。


 
657:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:55:02.76 ID:PVGs7r0u
こちらのサーブが通って、相手コートでレシーブが上がる。 
しかしトスが乱れて、相手のスパイクミスとなった。 

悲鳴にも似た歓声が湧き上がって、 
奈央たちはコートの中で飛び跳ねて喜んだ。 

ベンチにいた俺も、控えの子も、「おっしゃぁ!」と言って叫んでしまった。 
17-16。 
あと、1点だ。 
あと1点で、全てが…


 
658:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 22:59:37.03 ID:PVGs7r0u
笛が鳴る。こちらのサーブは綺麗に相手コートに飛んでいき、 
綺麗にレシーブが上がった。 
強いスパイクが返ってくる。 

しかし千景が上手くカバーにまわり、 
運命的とも言える綺麗なレシーブがセッターの元へと上がった。 

奈央「レフトォ!」 
レフトでは、奈央が待っている。 

体育館の中にいる全員が奈央を見ていたかもしれない。


 
659:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:03:29.00 ID:PVGs7r0u
俺は「奈央、いけぇ!!」と叫んだ。 
奈央の待つレフトに、綺麗なトスが上がった。 
心臓が、バクリと大きな音を立てた。 

体育館じゅうの熱視線と光を浴びた奈央が、高く飛んだ。 
まるでストップモーションのように、コマ送りで時間が進んだ。 

奈央が打ったスパイクは、 
相手コートに叩きつけられた。 
その瞬間、全てが爆発したかのように、 
「わっ!!」と歓声が巻き起こった。


 
660:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:08:30.58 ID:X7f1dezK
すげえな… 
光景が目に浮かぶ


 
661:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:09:17.04 ID:PVGs7r0u
スパイクを決めた奈央は、コートを駆け回って声を上げた。 
ピィ、と笛高らかにが鳴って、奈央たちが勝利したことを告げた。 

奈央はコートの中で涙目になり、まるで真夏の太陽のように、 
溢れんばかりの笑顔をこぼしていた。 
その太陽のような笑顔が、俺の心を照らした。


 
663:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:11:59.47 ID:PVGs7r0u
瞬間、その光で俺の未来が見えた。 
俺は、はっきりと気づいてしまったのだ。 

この一週間、どれだけ楽しくて、 
今この瞬間、自分がどんな想いを抱いているか。 

夢が、できた。 
奈央の笑顔が、俺の夢への道を明るく照らした。


 
664:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:16:10.62 ID:PVGs7r0u
挨拶が終わって、奈央たちが監督席の俺の前に集まってくる。 
奈央は、もうぼろぼろと泣いてしまっていた。 

奈央「うぇぇ…やったぁ…」 
「先輩…」 
奈央が泣くのにつられて、他の部員もどんどん泣き始めている。 
俺まで、涙目になってしまった。 

俺「みんな、本当によくやったよ」 
目を真っ赤にしたみんなが、俺の方を見ていた。 

俺「特に、3年生」 
俺「今日の試合は…いや、バレーは楽しかった?」 
俺がそう言うと、3年生たちは仕切りに目をこすって泣き始めた。


 
665:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:19:23.55 ID:PVGs7r0u
俺「今まで本当にがんばったね」 
俺「バレーが好きだったら、これからも続けてね」 
そう言うと、 
「はい!!」という力強い返事がかえってきた。 

その後、沢山の仲間や後輩に囲まれて泣き笑いする奈央の姿を見て、 
泣きそうになるくらい心の底から温かいものが湧き上がった。 
試合後の興奮や喧騒がおさまるまでは、時間がかかりそうだった。


 
667:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:26:53.51 ID:PVGs7r0u
今は、3年分の達成感、思い出、充実感、それに浸っていて欲しい。 
みんなも、奈央も、本当によく頑張ったんだ。 

俺はそんな事を思って体育館の天井を見た。 
一人だったら、この体育館の天井は高すぎる。 
でも、誰かと一緒だったら…この天井にだって届くかもしれないな、 
なんて思って、笑ってしまいそうだった。 

バレーを続ける方法は、何も一つじゃない。 
いつの日にかも思ったが、誰だって諦めなければ、 
輝くことができる。 
きっと、そうなんだ。


 
668:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:34:13.99 ID:PVGs7r0u
俺はその後、体育館の外の水道に座って、一人で空を眺めていた。 
抜けるような大きな青空で、 
まるで今の俺の気持ちを反射しているかのようだった。 

眩しい。とにかく眩しいが、俺は見つめ続けていた。 

奈央「何やってんの、こんなとこで」 
目を赤くした奈央が、俺の隣に座ってきた。


 
669:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:35:26.35 ID:PVGs7r0u
俺「みんなのとこいなくていいのか」 
奈央「うん。どうせまた後で話すしね」 
俺「そっか」 

風が吹き抜ける。熱気の篭った、夏の風だ。 
横を見ると、奈央も目を細めて空を眺めていた。 

短くなった髪型で、白い首筋が太陽光を反射した。


 
670:名無しのVIPPER定期  :2015/11/22(日) 23:37:30.36 ID:PVGs7r0u
俺「なあ、奈央」 
奈央「どーしたの」 
俺「俺さ、夢を見つけたんだ」 

俺がそう言うと、奈央はこちらを見つめた。 
太陽の光を映しこんだ、澄んだ瞳だった。 

俺「高校の先生になって、バレー部の顧問になる」 
俺「それで、一生バレーを続けるんだよ」 
俺がそう言うと、 
奈央は「本当?」と言って笑顔を見せた。


 
671:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:40:38.02 ID:PVGs7r0u
俺「だからね、東京の教育大学に行くんだ」 
俺「今度は、絶対」 
俺「これは、俺の夢だから」 

奈央は「ふふ」と吹き出し、満面の笑顔で 
「頑張ってよね」と言った。 
そんな風に笑う奈央を見て、俺の胸が熱くなった。


 
672:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:41:59.37 ID:PVGs7r0u
奈央「私は、どうしようかな…」 
奈央「バレーも、夢も、まだ見つからないよ…」 
瞬間、俺の奈央への気持ちが溢れだした。 

俺は、横に置かれていた奈央の手を握った。 

奈央「え…?な、何…?」 
俺「奈央、今まで本当にありがとう」 
俺「奈央に会えたから、夢が見つかった」


 
674:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:48:38.39 ID:PVGs7r0u
奈央は照れくさそうに、顔を伏せた。 
奈央「え、そんな…別に私は何も…」 
俺「ううん、奈央がいなかったら、俺はずっと前のままだった」 

俺は奈央の手を強く握りしめた。 
俺「奈央、東京で待ってるから」 
俺「一緒に、東京の大学に行こう」


 
675:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:52:40.96 ID:PVGs7r0u
俺のその言葉に、奈央は「…頑張ってみるね」と答えた。 
俺は嬉しくて、「うわ、やった!」と言ってしまった。 

空はよく晴れていた。 
その青さはどこまでもどこまでも広がっているようだった。 
夢の始まりの日、それは一夏の出会いだった。


 
676:名無しのVIPPER定期 :2015/11/22(日) 23:55:22.42 ID:PVGs7r0u
一度はなくした夢が、再び輝きを帯びて目の前に現れた。 
そんな俺の話でした。 

ということで、この話はここでおしまいです。 
1ヶ月弱の間、付き合ってくれた人、ありがとう。



 
681:名無しのVIPPER定期  :2015/11/23(月) 00:03:56.24 ID:FFRBfVDB
いい話をありがとう 

もしかしてだけど、ゲーセンの作者さんでは無いよね?


 
682:名無しのVIPPER定期  :2015/11/23(月) 00:04:42.91 ID:/6Gd4nKA
最後に、この話は私富澤南の創作でした。 
なので、物語として楽しんでもらえたらな、と思います。 
ここまで読んでくれた人、ありがとうございました。


 
684:名無しのVIPPER定期 :2015/11/23(月) 00:06:52.34 ID:/6Gd4nKA
ここでも可能な限り質問に答えますが、 
スレはいつか落ちてしまうので… 
ご意見・感想等ありましたらTwitterでお願いします。 

それでは、ここまで読んでくれて、本当にありがとうございました!


 
685:名無しのVIPPER定期 :2015/11/23(月) 00:08:28.27 ID:kYCyV60W
やっぱりアンタかぁ 
一貫して本当に透明な物語で、 
すばるあたりの新人賞作品だって言われても疑わないレベル。 
ありがとな


 
686:名無しのVIPPER定期 :2015/11/23(月) 00:08:33.71 ID:8KH6Yp3W
ゲーセンの作者さんだね


 
690:名無しのVIPPER定期2015/11/23(月) 00:13:41.18 ID:PxrS/rPM
ありがとう。 
今回のは本当に透き通った物語だった。 
あと最初の星城と大塚の描写とか、山梨のブドウ畑の描写とか、すげえリアルだったわ。


 
691:名無しのVIPPER定期 :2015/11/23(月) 00:32:27.38 ID:+p3IwQhI
やっぱり貴方でしたか 
今回も美しい物語ありがとうございました


692:名無しのVIPPER定期2015/11/23(月) 00:36:15.99 ID:wpC0N2wQ
創作だの煽って荒れさせる輩も全く出てこさなかった文力があるよな



694:名無しのVIPPER定期2015/11/23(月) 00:49:15.42 ID:8QivfnBt
お疲れ様でした!